草木塔 七百一句
種田山頭火が、自らえらんだ句集。
章ごとに、はじめから終わりまで。
鉢の子
91句大正14年〜昭和7年(1925-1932) 行乞流転の旅
出家得度して熊本の味取観音堂の堂守となり、やがて笠と鉄鉢ひとつで行乞流転の旅へ。山頭火の放浪の原点となる時代。「分け入つても分け入つても青い山」をはじめ、代表句の多くがここにある。
- 松はみな枝垂れて南無観世音
- 松風に明け暮れの鐘撞いて
- ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる
- 分け入つても分け入つても青い山
- しとどに濡れてこれは道しるべの石
- 炎天をいただいて乞ひ歩く
- 鴉啼いてわたしも一人
- 生死の中の雪ふりしきる
- 木の葉散る歩きつめる
- 踏みわける萩よすすきよ
- この旅、果もない旅のつくつくぼうし
- へうへうとして水を味ふ
- 落ちかかる月を観てゐるに一人
- ひとりで蚊にくはれてゐる
- 投げだしてまだ陽のある脚
- 山の奥から繭負うて来た
- 笠にとんぼをとまらせてあるく
- 歩きつづける彼岸花咲きつづける
- まつすぐな道でさみしい
- だまつて今日の草鞋穿く
- ほろほろ酔うて木の葉ふる
- しぐるるや死なないでゐる
- 張りかへた障子のなかの一人
- 水に影ある旅人である
- 雪がふるふる雪見てをれば
- しぐるるやしぐるる山へ歩み入る
- 食べるだけはいただいた雨となり
- 木の芽草の芽あるきつづける
- 生き残つたからだ掻いてゐる
- わかれきてつくつくぼうし
- また見ることもない山が遠ざかる
- こほろぎに鳴かれてばかり
- れいろうとして水鳥はつるむ
- 百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
- どうしようもないわたしが歩いてゐる
- 涸れきつた川を渡る
- ぶらさがつてゐる烏瓜は二つ
- すすきのひかりさえぎるものなし
- 分け入れば水音
- すべつてころんで山がひつそり
- 雨の山茶花の散るでもなく
- しきりに落ちる大きい葉かな
- けさもよい日の星一つ
- すつかり枯れて豆となつてゐる
- つかれた脚へとんぼとまつた
- 枯山飲むほどの水はありて
- 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
- 法衣こんなにやぶれて草の実
- 旅のかきおき書きかへておく
- 岩かげまさしく水が湧いてゐる
- あの雲がおとした雨にぬれてゐる
- ここに白髪を剃り落して去る
- 秋となつた雑草にすわる
- こんなにうまい水があふれてゐる
- 年とれば故郷こひしいつくつくぼうし
- 岩が岩に薊咲かせてゐる
- それでよろしい落葉を掃く
- 水音といつしよに里へ下りて来た
- しみじみ食べる飯ばかりの飯である
- まつたく雲がない笠をぬぎ
- 墓がならんでそこまで波がおしよせて
- 酔うてこほろぎと寝てゐたよ
- また逢へた山茶花も咲いてゐる
- 雨だれの音も年とつた
- 見すぼらしい影とおもふに木の葉ふる
- 逢ひたい、捨炭山が見えだした
- 枝をさしのべてゐる冬木
- 物乞ふ家もなくなり山には雲
- あるひは乞ふことをやめ山を観てゐる
- 笠も漏りだしたか
- 霜夜の寝床がどこかにあらう
- 安か安か寒か寒か雪雪
- うしろすがたのしぐれてゆくか
- 鉄鉢の中へも霰
- いつまで旅することの爪をきる
- 朝凪の島を二つおく
- 冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ
- ほろりとぬけた歯ではある
- 寒い雲がいそぐ
- ふるさとは遠くして木の芽
- よい湯からよい月へ出た
- はや芽吹く樹で啼いてゐる
- 笠へぽつとり椿だつた
- しづかな道となりどくだみの芽
- 蕨がもう売られてゐる
- 朝からの騒音へ長い橋かかる
- ここにおちつき草萌ゆる
- いただいて足りて一人の箸をおく
- しぐるる土をふみしめてゆく
- 秋風の石を拾ふ
- 今日の道のたんぽぽ咲いた
其中一人
47句昭和7年〜9年(1932-1934) 其中庵にて
郷里山口の小郡に「其中庵」を結び、はじめて自分の庵を持った時代。雪や月と差し向かいの独居の静けさ、御飯の炊ける音。暮らしの句が生まれはじめる。
- 雨ふるふるさとははだしであるく
- くりやまで月かげの一人で
- かるかやへかるかやのゆれてゐる
- うつりきてお彼岸花の花ざかり
- 朝焼雨ふる大根まかう
- 草の実の露の、おちつかうとする
- ゆふ空から柚子の一つをもらふ
- 茶の花のちるばかりちらしておく
- いつしか明けてゐる茶の花
- 冬が来てゐる木ぎれ竹ぎれ
- 月が昇つて何を待つでもなく
- ひとりの火の燃えさかりゆくを
- お正月の鴉かあかあ
- 落葉の、水仙の芽かよ
- あれこれ食べるものはあつて風の一日
- 水音しんじつおちつきました
- 茶の木も庵らしくひらいてはちり
- 誰か来さうな空が曇つてゐる枇杷の花
- 落葉ふる奥ふかく御仏を観る
- 雪空の最後の一つをもぐ
- 其中雪ふる一人として火を焚く
- ぬくい日の、まだ食べるものはある
- 月かげのまんなかをもどる
- 雪へ雪ふるしづけさにをる
- 雪ふる一人一人ゆく
- 落葉あたたかうして藪柑子
- 茶の木にかこまれそこはかとないくらし
- 月夜、手土産は米だつたか
- あるけば蕗のとう
- 椿ひらいて墓がある
- ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり
- いちりんの椿いちりん
- 音は朝から木の実をたべに来た鳥か
- ぬいてもぬいても草の執着をぬく
- もう暮れる火の燃え立つなり
- 人が来たよな枇杷の葉のおちるだけ
- けふは蕗をつみ蕗をたべ
- 何とかしたい草の葉のそよげども
- すずめをどるやたんぽぽちるや
- もう明けさうな窓あけて青葉
- ながい毛がしらが
- こころすなほに御飯がふいた
- てふてふうらからおもてへひらひら
- やつぱり一人がよろしい雑草
- けふもいちにち誰も来なかつたほうたる
- すツぱだかへとんぼとまらうとするか
- かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た
行乞途上
41句昭和8年〜9年(1933-1934) 庵からの行乞
其中庵を拠点にしつつ、なお托鉢の旅に出た日々。道の上の句が多い。「けふもいちにち風をあるいてきた」の風は、この時代の風である。
- 松風すずしく人も食べ馬も食べ
- けふもいちにち風をあるいてきた
- 何が何やらみんな咲いてゐる
- あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
- あざみあざやかなあさのあめあがり
- うつむいて石ころばかり
- 若葉のしづくで笠のしづくで
- ほうたるこいこいふるさとにきた
- お寺の竹の子竹になつた
- 松かぜ松かげ寝ころんで
- 明けてくる鎌をとぐ
- ひとりきいてゐてきつつき
- かたむいた月のふくろうとして
- 花いばら、ここの土とならうよ
- 待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる
- 山ふところのはだかとなり
- 山路はや萩を咲かせてゐる
- ここにふたたび花いばら散つてゐる
- 朝の土から拾ふ
- 石をまつり水のわくところ
- いそいでもどるかなかなかなかな
- 山のいちにち蟻もあるいてゐる
- 雲がいそいでよい月にする
- 朝は涼しい茗荷の子
- いつも一人で赤とんぼ
- 旅の法衣がかわくまで雑草の風
- けふはおわかれの糸瓜がぶらり
- ぬれるだけぬれてきたきんぽうげ
- うごいてみのむしだつたよ
- いちじくの葉かげあるおべんたうを持つてゐる
- 水をへだててをなごやの灯がまたたきだした
- かすんでかさなつて山がふるさと
- 春風の鉢の子一つ
- わがままきままな旅の雨にはぬれてゆく
- ひさびさもどれば筍によきによき
- びつしより濡れて代掻く馬は叱られてばかり
- はれたりふつたり青田になつた
- 草しげるそこは死人を焼くところ
- 朝露しつとり行きたい方へ行く
- ほととぎすあすはあの山こえて行かう
- 笠をぬぎしみじみとぬれ
山行水行
103句昭和9年〜11年(1934-1936) 山へ水へ
題は「山を行き、水を行く」。旅と庵を往き来しながら、山の音と水の音に身体が溶けてゆく時期。澄んだ句がそろう。
- 炎天かくすところなく水のながれくる
- 日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ
- 待つでも待たぬでもない雑草の月あかり
- 風の枯木をひろうてはあるく
- 向日葵や日ざかりの機械休ませてある
- 蚊帳へまともな月かげも誰か来さうな
- 糸瓜ぶらりと地べたへとどいた
- 夕立が洗つていつた茄子をもぐ
- こほろぎよあすの米だけはある
- まことお彼岸入の彼岸花
- 手がとどくいちじくのうれざま
- おもひでは汐みちてくるふるさとのわたし場
- しようしようとふる水をくむ
- 一つもいで御飯にしよう
- ふと子のことを百舌鳥が啼く
- 山のあなたへお日さま見おくり御飯にする
- 昼もしづかな蠅が蠅たたきを知つてゐる
- 酔へなくなつたみじめさはこほろぎがなく
- はだかではだかの子にたたかれてゐる
- ほんによかつた夕立の水音がそこここ
- やつと郵便が来てそれから熟柿のおちるだけ
- 散るは柿の葉咲くは茶の花ざかり
- うれてはおちる実をひろふ
- 人を見送りひとりでかへるぬかるみ
- 月夜、あるだけの米をとぐ
- 空のふかさは落葉しづんでゐる水
- 石があれば草があれば枯れてゐる
- お月さまが地蔵さまにお寒くなりました
- 水音のたえずしていばらの実
- うしろから月のかげする水をわたる
- しぐるる土に播いてゆく
- 落葉を踏んで来て恋人に逢つたなどといふ
- ぽきりと折れて竹が竹のなか
- 月がうらへまはれば藪かげ
- とぼしいくらしの屋根の雪とけてしたたる
- ほいないわかれの暮れやすい月が十日ごろ
- 街は師走の八百屋の玉葱芽をふいた
- ことしもこんやぎりのみぞれとなつた
- なんといふ空がなごやかな柚子の二つ三つ
- ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜
- 焚くだけの枯木はひろへた山が晴れてゐる
- 病めば鶲がそこらまで
- よびかけられてふりかへつたが落葉林
- 雪へ足跡もがつちりとゆく
- 酒をたべてゐる山は枯れてゐる
- しんみり雪ふる小鳥の愛情
- 遠山の雪も別れてしまつた人も
- 雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ
- 藪柑子もさびしがりやの実がぽつちり
- 枯れてしまうて萩もすすきも濡れてゐる
- 椿のおちる水のながれる
- 寝ざめ雪ふる、さびしがるではないが
- 誰か来さうな雪がちらほら
- ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない
- 汽車のひびきも夜明けらしい楢の葉の鳴る
- 月がうらへまはつても木かげ
- 枯れたすすきに日の照れば誰か来さうな
- 何もかも雑炊としてあたたかく
- 蓑虫もしづくする春が来たぞな
- 草や木や生きて戻つて茂つてゐる
- 病みて一人の朝がゆふべとなりゆく青葉
- 柿の若葉のかがやく空を死なずにゐる
- 蜂がてふちよが草がなんぼでも咲いて
- けさは水音も、よいたよりでもありさうな
- いつもつながれてほえるほかない犬です
- ほんにしづかな草の生えては咲く
- 生えて伸びて咲いてゐる幸福
- 閉めて一人の障子を虫が来てたたく
- 影もはつきりと若葉
- ひよいと穴からとかげかよ
- 誰も来てくれない蕗の佃煮を煮る
- ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯
- うれしいこともかなしいことも草しげる
- ひとりひつそり竹の子竹になる
- 山から山がのぞいて梅雨晴れ
- 朝からはだかでとんぼがとまる
- 食べる物はあつて酔ふ物もあつて雑草の雨
- 炎天のはてもなく蟻の行列
- 蜘蛛は網張る私は私を肯定する
- いつでも死ねる草が咲いたり実つたり
- 日ざかり落ちる葉のいちまい
- 霽れててふてふ二つとなり三つとなり
- 青空したしくしんかんとして
- ここにわたしがつくつくぼうしがいちにち
- 百合咲けばお地蔵さまにも百合の花
- 草にも風が出てきた豆腐も冷えただろ
- 風がすずしく吹きぬけるので蜂もとんぼも
- ふるさとの水をのみ水をあび
- ここを死に場所とし草のしげりにしげり
- 誰にあげよう糸瓜の水をとります
- お彼岸のお彼岸花をみほとけに
- 彼岸花さくふるさとはお墓のあるばかり
- 秋風の、腹立ててゐるかまきりで
- おちついて柿もうれてくる
- 重荷を負うてめくらである
- つくつくぼうしあまりにちかくつくつくぼうし
- 柿の木のむかうから月が柿の木のうへ
- 寝床へ日がさす柿の葉や萱の穂や
- 何か足らないものがある落葉する
- たより持つてきて熟柿たべて行く
- 百舌鳥のさけぶやその葉のちるや
- うらから来てくれて草の実だらけ
- ともかくも生かされてはゐる雑草の中
旅から旅へ
38句昭和11年(1936) 東への長旅
東京へ、木曽へ、平泉へ。芭蕉の足跡と亡き友の墓を訪ねた長い東上の旅。吐き捨てた二千句から拾い上げられた旅の句たち。
- わかれてきた道がまつすぐ
- 月も水底に旅空がある
- 柳があつて柳屋といふ涼しい風
- みんなたつしやでかぼちやの花も
- 夕立晴れるより山蟹の出てきてあそぶ
- そこから青田のよい湯かげん
- 昼寝さめてどちらを見ても山
- 旅はいつしか秋めく山に霧のかかるさへ
- よい宿でどちらも山で前は酒屋で
- すわれば風がある秋の雑草
- ここで寝るとする草の実のこぼれる
- 萩がすすきがけふのみち
- うらに木が四五本あればつくつくぼうし
- 道がなくなり落葉しようとしてゐる
- 木の葉ふるふる鉢の子へも
- 柳ちるそこから乞ひはじめる
- よい道がよい建物へ、焼場です
- いま写します紅葉が散ります
- あるけば草の実すわれば草の実
- 春が来た水音の行けるところまで
- 梅もどき赤くて機嫌のよい目白頬白
- 春寒のをなごやのをなごが一銭持つて出てくれた
- さて、どちらへ行かう風がふく
- この道しかない春の雪ふる
- けふはここまでの草鞋をぬぐ
- 草山のしたしさは鶯も啼く
- いつとなくさくらが咲いて逢うてはわかれる
- 先生のあのころのことも楓の芽
- 樹が倒れてゐる腰をかける
- おわかれの水鳥がういたりしづんだり
- 燕とびかふ旅から旅へ草鞋を穿く
- もう逢へますまい木の芽のくもり
- 乞ひあるく水音のどこまでも
- 飲みたい水が音たててゐた
- 山ふかく蕗のとうなら咲いてゐる
- 山しづかなれば笠をぬぐ
- まこと山国の、山ばかりなる月の
- あすはかへらうさくらちるちつてくる
雑草風景
72句昭和11年〜12年(1936-1937) 其中庵にて
庵の暮らしをみずから「雑草風景」と名づけた。雑草は雑草として生え伸び咲き実ればよろしい — 其中庵の朝夕、飯と水と虫の音。
- 柿が赤くて住めば住まれる家の木として
- みごもつてよろめいてこほろぎかよ
- 日かげいつか月かげとなり木のかげ
- 残された二つ三つが熟柿となる雲のゆきき
- みんなではたらく刈田ひろびろ
- 誰も来ないとうがらし赤うなる
- 病めば梅ぼしのあかさ
- なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく
- 落葉ふかく水汲めば水の澄みやう
- 寝たり起きたり落葉する
- ほつかり覚めてまうへの月を感じてゐる
- 月のあかるい水汲んでおく
- あなたを待つてゐる火のよう燃える
- ちよいと茶店があつて空瓶に活けた菊
- お日様のぞくとすやすや寝顔
- 悔いるこころに日が照り小鳥来て啼くか
- 落葉ふんで豆腐やさんが来たので豆腐を
- 枯れゆく草のうつくしさにすわる
- 冬がまた来てまた歯がぬけることも
- 噛みしめる味も抜けさうな歯で
- 竹のよろしさは朝風のしづくしつつ
- 霽れて元日の水がたたへていつぱい
- 舫ひてここに正月の舳をならべ
- 枯木に鴉が、お正月もすみました
- どこからともなく散つてくる木の葉の感傷
- しぐれつつうつくしい草が身のまはり
- ひつそり暮らせばみそさざい
- ぶらりとさがつて雪ふる蓑虫
- 雪もよひ雪にならない工場地帯のけむり
- あたたかなれば木かげ人かげ
- 住みなれて藪椿いつまでも咲き
- あるがまま雑草として芽をふく
- ぬくうてあるけば椿ぽたぽた
- 風がほどよく春めいた藪と藪
- ほろにがさもふるさとの蕗のとう
- ゆらいで梢もふくらんできたやうな
- 山から白い花を机に
- ある日は人のこひしさも木の芽草の芽
- 人声のちかづいてくる木の芽あかるく
- 伸びるより咲いてゐる
- 草のそよげば何となく人を待つ
- ひとりたがやせばうたふなり
- 花ぐもりの窓から煙突一本
- ひつそり咲いて散ります
- 枇杷が枯れて枇杷が生えてひとりぐらし
- 照れば鳴いて曇れば鳴いて山羊がいつぴき
- 空へ若竹のなやみなし
- 身のまはりは草だらけみんな咲いてる
- ころり寝ころべば青空
- 何を求める風の中ゆく
- 草を咲かせてそしててふちよをあそばせて
- 青葉の奥へなほ径があつて墓
- それもよからう草が咲いてゐる
- 月がいつしかあかるくなればきりぎりす
- 木かげは風がある旅人どうし
- 日の光ちよろちよろとかげとかげ
- 月のあかるさがうらもおもてもきりぎりす
- あんたが来てくれさうなころの風鈴
- 炎天の稗をぬく
- てふてふもつれつつかげひなた
- もう枯れる草の葉の雨となり
- くづれる家のひそかにくづれるひぐらし
- 死んでしまへば雑草雨ふる
- 死をまへに涼しい風
- 風鈴の鳴るさへ死のしのびよる
- おもひおくことはないゆふべの芋の葉ひらひら
- 傷が癒えゆく秋めいた風となつて吹く
- 秋風の水音の石をみがく
- 萩が径へまでたまたま人の来る
- 月へ萱の穂の伸びやう
- 旅はゆふかげの電信棒のつくつくぼうし
- つきあたれば秋めく海でたたへてゐる
柿の葉
118句昭和12年〜13年(1937-1938) 其中庵晩期
濡れてかがやく柿の落葉に造化の妙を見た、其中庵晩期。身辺の小さなものへ目が深くなってゆく、成熟の句集。
- 水に雲かげもおちつかせないものがある
- あたたかく草の枯れてゐるなり
- 旅は笹山の笹のそよぐのも
- 春潮のテープちぎれてなほも手をふり
- ふるさとはあの山なみの雪のかがやく
- 春の雪ふる女はまことうつくしい
- あてもない旅の袂草こんなにたまり
- たたずめば風わたる空のとほくとほく
- 雲のゆききも栄華のあとの水ひかる
- 春風の扉ひらけば南無阿弥陀仏
- うららかな鐘を撞かうよ
- たふとさはましろなる鶏
- けふはここに来て枯葦いちめん
- 麦の穂のおもひでがないでもない
- 春の海のどこからともなく漕いでくる
- 鎌倉はよい松の木の月が出た
- 伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も
- また一枚ぬぎすてる旅から旅
- ほつと月がある東京に来てゐる
- 花が葉になる東京よさようなら
- 行き暮れてなんとここらの水のうまさは
- のんびり尿する草の芽だらけ
- あるけばかつこういそげばかつこう
- からまつ落葉まどろめばふるさとの夢
- 浅間をまともにおべんたうは草の上にて
- 山のふかさはみな芽吹く
- 青葉わけゆく良寛さまも行かしたろ
- こころむなしくあらなみのよせてはかへし
- 砂丘にうづくまりけふも佐渡は見えない
- 荒海へ脚投げだして旅のあとさき
- 水底の雲もみちのくの空のさみだれ
- あうたりわかれたりさみだるる
- 水音とほくちかくおのれをあゆます
- 草のしげるや礎石ところどころのたまり水
- ここまでを来し水飲んで去る
- 水音のたえずして御仏とあり
- てふてふひらひらいらかをこえた
- みんなかへる家はあるゆふべのゆきき
- 更けると涼しい月がビルの間から
- 今日の足音のいちはやく橋をわたりくる
- ふたたびここに草もしげるまま
- わたしひとりの音させてゐる
- 酔ざめの風のかなしく吹きぬける
- 鴉啼いたとて誰も来てはくれない
- 山羊はかなしげに草は青く
- つくつくぼうし鳴いてつくつくぼうし
- 降れば水音がある草の茂りやう
- こころおちつけば水の音
- ひらひら蝶はうたへない
- ぬれててふてふどこへゆく
- 大いに晴れわたり大根二葉
- 何おもふともなく柿の葉のおちることしきり
- 柚子の香のほのぼの遠い山なみ
- にぎやかに柿をもいでゐる
- はだかで話がはづみます
- からむものがない蔓草の枯れてゐる
- 米とぐところみぞそばのいつとなく咲いて
- 墓場あたたかうしててふてふ
- 山ふところの、ことしもここにりんだうの花
- けさは涼しいお粥をいただく
- をとこべしをみなへしと咲きそろふべし
- わかれて遠い人を、佃煮を、煮る
- 鎌をとぐ夕焼おだやかな
- いつまで生きる曼珠沙華咲きだした
- 藪にいちにちの風がをさまると三日月
- わたしと生れたことが秋ふかうなるわたし
- 歩くほかない草の実つけてもどるほかない
- あたたかい白い飯が在る
- ふつと影がかすめていつた風
- 風の明暗をたどる
- 立ちどまると水音のする方へ道
- ほんのり咲いて水にうつり
- 草の咲けるを露のこぼるるを
- 吹きぬける秋風の吹きぬけるままに
- やつと咲いて白い花だつた
- 落葉の濡れてかがやくを柿の落葉
- 悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる
- ふるさとの土の底から鉦たたき
- 月からひらり柿の葉
- 何を待つ日に日に落葉ふかうなる
- 涸れてくる水の澄みやう
- 草の枯るるにみそつちよ来たか
- 澄太おもへば柿の葉のおちるおちる
- 風は何よりさみしいとおもふすすきの穂
- 産んだまま死んでゐるかよかまきりよ
- けふは凩のはがき一枚
- 草のうつくしさはしぐれつつしめやかな
- 洗へば大根いよいよ白し
- しぐるる土をうちおこしては播く
- 影もぼそぼそ夜ふけのわたしがたべてゐる
- 冬木の月あかり寝るとする
- ひよいと芋が落ちてゐたので芋粥にする
- しぐれしたしうお墓を洗つていつた
- 秋ふかい水をもらうてもどる
- ひとりの火をつくる
- 生きてしづかな寒鮒もろた
- 草はうつくしい枯れざま
- 藁塚藁塚とあたたかし
- 落葉ふみくるその足音は知つてゐる
- やつぱり一人はさみしい枯草
- 落葉してさらにしたしくおとなりの灯の
- 風の中からかあかあ鴉
- 葉の落ちて落ちる葉はない太陽
- 何事もない枯木雪ふる
- ことしも暮れる火吹竹ふく
- お正月が来るバケツは買へて水がいつぱい
- 今日から新らしいカレンダーの日の丸
- ぼろ着て着ぶくれておめでたい顔で
- あつまつてお正月の焚火してゐる
- 雪ふる食べるものはあつて雪ふる
- みぞるる朝のよう燃える木に木をかさね
- しみじみ生かされてゐることがほころび縫ふとき
- いつも出てくる蕗のとう出てきてゐる
- かうして生きてはゐる木の芽や草の芽や
- 雪ふれば酒買へば酒もあがつた
- ひらくよりしづくする椿まつかな
- てふてふうらうら天へ昇るか
- 一つあれば事足る鍋の米をとぐ
銃後
25句昭和12年〜13年(1937-1938) 戦時の句
日中戦争下、出征する人を見送り、遺骨を迎えた日々の句。美化も断罪もせず、銃後の町の静かな異様さを映す。
- 日ざかりの千人針の一針づつ
- 月のあかるさはどこを爆撃してゐることか
- 秋もいよいよふかうなる日の丸へんぽん
- ふたたびは踏むまい土を踏みしめて征く
- しぐれて雲のちぎれゆく支那をおもふ
- ひつそりとして八ツ手花咲く
- しぐれつつしづかにも六百五十柱
- もくもくとしてしぐるる白い函をまへに
- 山裾あたたかなここにうづめます
- 凩の日の丸二つ二人も出してゐる
- 冬ぼたんほつと勇ましいたよりがあつた
- 雪へ雪ふる戦ひはこれからだといふ
- 勝たねばならない大地いつせいに芽吹かうとする
- いさましくもかなしくも白い函
- 街はおまつりお骨となつて帰られたか
- ぽろぽろしたたる汗がましろな函に
- お骨声なく水のうへをゆく
- その一片はふるさとの土となる秋
- みんな出て征く山の青さのいよいよ青く
- 馬も召されておぢいさんおばあさん
- 音は並んで日の丸はたたく
- これが最後の日本の御飯を食べてゐる、汗
- ぢつと瞳が瞳に喰ひ入る瞳
- 案山子もがつちり日の丸ふつてゐる
- 足は手は支那に残してふたたび日本に
孤寒
57句昭和13年〜14年(1938-1939) 湯田・風来居
其中庵を離れ、湯田温泉の「風来居」へ。題のとおり孤独と寒さを抱いた冬の句が多いが、その底に湯の町のあたたかさも灯る。
- だまつてあそぶ鳥の一羽が花のなか
- 春風の蓑虫ひよいとのぞいた
- ひよいとのぞいて蓑虫は鳴かない
- もらうてもどるあたたかな水のこぼるるを
- とんからとんから何織るうららか
- ひなたはたのしく啼く鳥も蹄かぬ鳥も
- 身のまはりはほしいままなる草の咲く
- 草の青さよはだしでもどる
- 草は咲くがままのてふてふ
- 藪から鍋へ筍いつぽん
- ならんで竹の子竹になりつつ
- 窓にしたしく竹の子竹になる明け暮れ
- 風の中おのれを責めつつ歩く
- われをしみじみ風が出て来て考へさせる
- 雷をまぢかに覚めてかしこまる
- がちやがちやがちやがちや鳴くよりほかない
- 誰を待つとてゆふべは萩のしきりにこぼれ
- 声はまさしく月夜はたらく人人だ
- 雨ふればふるほどに石蕗の花
- 播きをへるとよい雨になる山のいろ
- そこはかとなくそこら木の葉のちるやうに
- ゆふべなごやかな親蜘蛛子蜘蛛
- しんじつおちつけない草のかれがれ
- しぐるるやあるだけの御飯よう炊けた
- 焼場水たまり雲をうつして寒く
- 死はひややかな空とほく雲のゆく
- 死をひしと唐辛まつかな
- 死のしづけさは晴れて葉のない木
- そこに月を死のまへにおく
- いつとなく机に塵が冬めく
- 草の実が袖にも裾にもあたたかな
- 枯すすき枯れつくしたる雪のふりつもる
- 水に放つや寒鮒みんな泳いでゐる
- 一つあると蕗のとう二つ三つ
- 蕗のとうことしもここに蕗のとう
- わかれてからのまいにち雪ふる
- うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする
- 其中一人いつも一人の草萌ゆる
- 枯枝ぽきぽきおもふことなく
- つるりとむげて葱の白さよ
- 鶲また一羽となればしきり啼く
- なんとなくあるいて墓と墓との間
- おのれにこもる藪椿咲いては落ち
- 春が来たいちはやく虫がやつて来た
- 啼いて二三羽春の鴉で
- 咳がやまない背中をたたく手がない
- 窓あけて窓いつぱいの春
- しづけさ、竹の子みんな竹になつた
- ひとり住めばあをあをとして草
- 朝焼夕焼食べるものがない
- 初孫がうまれたさうな風鈴の鳴る
- 雨を受けて桶いつぱいの美しい水
- 飛んでいつぴき赤蛙
- げんのしようこのおのれひそかな花と咲く
- また一日がをはるとしてすこし夕焼けて
- 草にすわり飯ばかりの飯をしみじみ
- 草にすわり飯ばかりの飯
旅心
36句昭和14年(1939) さいごの長旅
信濃から東北をめぐり、四国へ渡るまで。死に場所を探すような、それでいて足どりの軽い、最後の長旅の句。
- 葦の穂風の行きたい方へ行く
- 身にちかく水のながれくる
- どこからともなく雲が出て来て秋の雲
- 飯のうまさが青い青い空
- ごろりと草に、ふんどしかわいた
- をなごやは夜がまだ明けない葉柳並木
- 秋風、行きたい方へ行けるところまで
- ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ
- 朝の雨の石をしめすほど
- 霜しろくころりと死んでゐる
- 草をしいておべんたう分けて食べて右左
- 朝のひかりへ蒔いておいて旅立つ
- ちよいと渡してもらふ早春のさざなみ
- なんとうまさうなものばかりがシヨウヰンドウ
- 石に水を、春の夜にする
- その土蔵はそのままに青木の実
- ひつそり蕗のとうここで休まう
- 人に逢はなくなりてより山のてふてふ
- ふつとふるさとのことが山椒の芽
- どこでも死ねるからだで春風
- たたへて春の水としあふれる
- 水をへだててをとことをなごと話が尽きない
- 旅人わたしもしばしいつしよに貝掘らう
- うらうら蝶は死んでゐる
- さくらまんかいにして刑務所
- 投げしは白桃の蕾とくとくひらけ
- 桃が実となり君すでに亡し
- うららかにボタ山がボタ山に
- 大橋小橋ほうたるほたる
- このみちをたどるほかない草のふかくも
- たまたまたづね来てその泰山木が咲いてゐて
- 泊ることにしてふるさとの葱坊主
- ふるさとはちしやもみがうまいふるさとにゐる
- うまれた家はあとかたもないほうたる
- きぬぎぬの金魚が死んで浮いてゐる
- やうやくたづねあててかなかな
鴉
72句昭和14年〜15年(1939-1940) 松山・一草庵
終の住処となった松山の一草庵時代。没年までの句稿から自選した七十二句。濁りの落ちた、晩年の澄みきった句が並ぶ。
- 水のうまさを蛙鳴く
- 寝床まで月を入れ寝るとする
- 生えて墓揚の、咲いてうつくしや
- むしあつく生きものが生きものの中に
- 山からしたたる水である
- まひまひしづか湧いてあふるる水なれば
- かたすみの三ツ葉の花なり
- 米の黒さもたのもしく洗ふ
- へそが汗ためてゐる
- 降りさうなおとなりも大根蒔いてゐる
- むすめと母と蓮の花さげてくる
- 雷とどろくやふくいくとして花のましろく
- 風のなか米もらひに行く
- 日が山に、山から月が、柿の実たわわ
- 萩が咲いてなるほどそこにかまきりがをる
- 鳴いてきりぎりす生きてはゐる
- ここを墓場とし曼珠沙華燃ゆる
- 身のまはりは日に日に好きな草が咲く
- 働らいても働らいてもすすきツ穂
- 刈るより掘るより播いてゐる
- つゆけくも露草の花の
- 空襲警報るゐるゐとして柿赤し
- 防空管制下よい子うまれて男の子
- 焼いてしまへばこれだけの灰を風吹く
- 死ねない手がふる鈴をふる
- とほくちかくどこかのおくで鳴いてゐる
- 壁がくづれてそこから蔓草
- それは死の前のてふてふの舞
- 月は見えない月あかりの水まんまん
- 一羽来て啼かない鳥である
- 秋もをはりの蠅となりはひあるく
- 水のゆふべのすこし波立つ
- 燃えに燃ゆる火なりうつくしく
- 握りしめる手に手のあかぎれ
- 囚人の墓としひそかに草萌えて
- やつと世帯が持てて新らしいバケツ
- 木の芽や草の芽やこれからである
- 赤字つづきのどうやらかうやら蕗のとう
- 机上一りんおもむろにひらく
- 旅もいつしかおたまじやくしが泳いでゐる
- 春の山からころころ石ころ
- 啼いて鴉の、飛んで鴉の、おちつくところがない
- 風は海から吹きぬける葱坊主
- はるばるたづね来て岩鼻一人
- まがると風が海ちかい豌豆畑
- お山しんしんしづくする真実不虚
- 花ぐもりピアノのおけいこがはじまりました
- 水のまんなかの道がまつすぐ
- 石に腰を、墓であつたか
- 水たたへたればおよぐ蟇
- 水音けふもひとり旅ゆく
- 山のしづけさは白い花
- なるほど信濃の月が出てゐる
- 旅の月夜のだんだん虧げゆくを
- この水あの水の天龍となる水音
- ながれがここでおちあふ音の山ざくら
- このみちいくねんの大栃芽吹く
- おちつけないふとんおもたく寝る
- しみじみしづかな机の塵
- 朝の土をもくもくもたげてもぐらもち
- 涸れて涸れきつて石ころごろごろ
- 燃ゆる火の、雨ふらしめと燃えさかる
- どこにも水がない枯田汗してはたらく
- まいにちはだかでてふちよやとんぼや
- 炎天のレールまつすぐ
- もらうてもどる水がこぼれるすずしくも
- 鉦たたきよ鉦をたたいてどこにゐる
- 月のあかるさ旅のめをとのさざめごと
- 鳥とほくとほく雲に入るゆくへ見おくる
- けふの暑さはたばこやにたばこがない
- 月は澄みわたり刑務所のまうへ
- 鴉とんでゆく水をわたらう
拾遺
1句『草木塔』本文外
『草木塔』本文には収められなかった句。晩年の句稿や日記から。
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山頭火アラームは、この七百一句をポケットに入れて
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