山頭火アラーム

自由律俳句とは

五・七・五も、季語も、約束しない。
層雲に拠った、山頭火と放哉の句。

定型を手放す、ということ

自由律俳句は、五・七・五の音数も、季語も、約束しない俳句です。明治の終わりから大正にかけて、荻原井泉水の俳誌「層雲」を中心にひろがりました。種田山頭火と尾崎放哉が、そのいちばん知られたふたりです。

松尾芭蕉の俳諧も、正岡子規の写生も、高浜虚子の花鳥諷詠も、五七五と季語を守ります。自由律は、その守るものを手放したあとに残る句です。手放したから何でも書いてよい、ではありません。言い切ったあとに何も足さない、そこで終わってよい、という判断だけが残ります。

層雲

荻原井泉水(おぎわら せいせんすい)が主宰した俳誌です。定型を離れた句が、ここに集まりました。山頭火も放哉も、層雲の同人です。流派の名前を掲げるためのページではなく、実際に句を載せた場所、と考えてよいでしょう。

山頭火の歩みは種田山頭火についてに、放哉とのちがいは山頭火と尾崎放哉に書きました。

短い句が、句である理由

「まつすぐな道でさみしい」は十二音しかありません。五七五なら十七音です。足りないのではありません。道があり、さみしい、そこで終わっている。足せば足すほど、判断がにじみます。

「分け入つても分け入つても青い山」は音数としては定型に近い。それでも季語はないし、切れ字もない。青い山が、越えても越えても、ある。説明を足さないことが、この句の自由律です。

このサイトで読めること

山頭火が亡くなる年に自ら編んだ句集『草木塔』の全七百一句を、章の順に読めます。底本は青空文庫。読みと解説は、このサイトで書き起こしたものです。

自由律を「定義」として覚える必要はありません。短い句が、なぜそこで終わってよいのか。句を開いて、その判断に触れるほうが早いです。季語の側の約束については季語のない俳句に書きました。

『草木塔』七百一句を読む

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