待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる 山頭火 まっている さくらんぼ うれている 昭和8年〜9年(1933-1934) 庵からの行乞『草木塔』行乞途上 解説 待っているのは自分か、それともさくらんぼのほうか。赤く熟れた実は、もぎ取られるのを待つように枝にともっている。旅の道すがら出会う果実のつややかさに、初夏の光が凝縮している。 この句を、あしたのアラームにする(無料のiOSアプリ) この句をおくる 共有する X に投稿 LINE でおくる URLをコピー ← 前の句花いばら、ここの土とならうよ 次の句 →山ふところのはだかとなり 『草木塔』七百一句の一覧へ
待っているのは自分か、それともさくらんぼのほうか。赤く熟れた実は、もぎ取られるのを待つように枝にともっている。旅の道すがら出会う果実のつややかさに、初夏の光が凝縮している。