へうへうとして水を味ふ 山頭火 ひょうひょうとして みずを あじわう 大正14年〜昭和7年(1925-1932) 行乞流転の旅『草木塔』鉢の子 聞く 解説 ひょうひょうと、風に吹かれるままに生きて、ただの水をゆっくり味わう。行乞の旅では、一杯の水がごちそうになる。何も持たないからこそ、水そのものの味がわかる。目覚めてはじめて飲む一杯の水にも、きっと同じ味がしている。 この句を、あしたのアラームにする(無料のiOSアプリ) この句をおくる 共有する X に投稿 LINE でおくる URLをコピー ← 前の句この旅、果もない旅のつくつくぼうし 次の句 →落ちかかる月を観てゐるに一人 ことばをたどる 水 『草木塔』七百一句の一覧へ
ひょうひょうと、風に吹かれるままに生きて、ただの水をゆっくり味わう。行乞の旅では、一杯の水がごちそうになる。何も持たないからこそ、水そのものの味がわかる。目覚めてはじめて飲む一杯の水にも、きっと同じ味がしている。